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2019.09.17

【コラム】あの人に、こころ寄せるひとときVol.4 ~とある収集家の遺言~

これは、趣味の収集物を残して亡くなった人の、
奇妙な遺言をめぐる物語です。
趣味を愛して人生を終えた故人と、
それにはまったく無関心な遺族の人々。
故人のモノへの愛情は、いったいどのような
結末を迎えるのでしょうか。

すべての欲は、この世まで。

 

「この遺言といいますか、メモにはそのように書いてあるのですが、
我々遺族としても、大変困っておりまして・・・」

 

ある日、遺品整理士の私にそんな相談を持ちかけてきたのは、昨日87歳で亡くなった石田泰介氏の妻、直子さんである。そのメモを読むと、乱雑な字でこう書いてあった。

 

「私のソフビフィギュア4,470体 一緒に火葬して欲しい」

 

ちなみにソフビフィギュアというのは、ソフトビニールの人形のことであり、故人が1960年以降に収集を始めた怪獣を始めとするコレクションの中には1体数百万円もするものがあるという。
そして、奥さんの言い分はこうである。そもそも四千体以上もの人形を故人の棺桶に入れるのは物理的に不可能であり、なおかつ今日のうちにすべてを数えて明日の出棺に備えるのは無理である。しかも、この遺言は今日初めて発見されたメモのようなものであり、すでに遺してある正規の遺言状とは違って公証役場も通していないし本人のものかどうかも不明なのでこれは無効である、と。

 

私は今までの20年間、遺品整理の仕事を通じてありとあらゆるケースに関わってきたつもりだ。そして、遺品整理士の資格をとってからはそれまで以上にプロフェッショナルとしての資質を磨いてきたつもりだし、ご遺族様のご要望にはなんとか応えてきたと思う。しかし、今回ばかりは私も頭を抱えた。
どうすればいい? 弁護士? 公証役場? 
奥さんは、まだ弁護士には相談していないという。その前に、まずは遺品整理のプロである私に相談したいと思ったらしい。
大変困った問題だったが、せめてもの救いはご遺族様が故人の遺産にはほとんど執着がないということだった。もっともご遺族様といっても一人娘がいるだけだったが。
奥さんは、私にこう打ち明けてくれた。
「私と娘は主人の趣味にはまったく興味はないんです。それに、遺産相続もすでに正式に済ませていて、すべての遺産はすべて私が相続することになっていますので、これらの遺品はできればどこかに寄贈したいと思っていたのですが・・・」

 

奥さんはかなり困っているようだった。ご主人は若い頃からお酒にも女にも一切手を出さず、どちらかというと真面目に働いてきたのだが、唯一の趣味としてソフビフィギュアが大好きだったようで、時々同じ趣味をもつ友人宅へ出かけたり、友人達を自宅へ招くこともあったという。
私は、石田氏が遺した膨大なソフビフィギュアに興味をもった。いったい、どんなモノで、どんな価値があるのだ? 何かヒントがあるかもしれない。
さっそく奥さんから、通夜に訪れていたその友人を紹介してもらった。友人は、意外にも若かった。歳をきけば43歳だという。

 

「あ、どうも。安藤といいます。石田さんとは長いつきあいでしてね。まあ、こういう趣味ですから歳はあまり関係なくて。ただ、石田さんのコレクションには本当に驚きですわ。我々が喉から手が出るほど欲しいプレミアものを山ほど持っていますから」

 

成る程。ますます、興味が湧いてきた。
石田コレクションは、自宅横にあるプレハブ倉庫の中に保管されていた。倉庫の扉を開けて、私は驚いた。なんと、一部屋の中に(おそらく)4,470体がずらりと並べられているのだ。それはまさに壮観だった。大きさの違うものや、キャラクターの違うもの、独特のオーラを放つものがすべてひとところへ安置されているのだ。私のような素人から観ればそれらは脈絡のまったくない人形がところ狭しと並べられているだけに過ぎない。しかし、安藤さんはこう言った。

 

「石田さんはねえ・・・いつもこう言っていましたよ。この子たちはみんな家族だからここに一緒にいるんだよって。これはエンゼルペコちゃんで100万円でしょ、そしてこれは・・・」

 

そうなんだ。家族だから一緒に・・・待てよ。そうか。そういうことか!

 

「ちょっ、ちょっと!まだ続きが・・・」
私は石田さんの話の続きも聞かず、奥さんのいる本宅へ息せき切って駆け込んだ。
「奥さん!わかりましたよ、あのメモの本当の意味が!」

 

奥さんはびっくりしてこう聞き返した。横には娘さんもいた。
「本当の意味?」
「そうです、本当の意味です。つまり、あの人形は石田さんのご遺体と一緒に火葬するという意味ではないんです。処分する時は、4,470体をバラバラにせずすべて一緒に『火葬』して欲しいという意味なんです。ご主人は、あの子たちは家族だからここに一緒にいるんだ、と生前におっしゃっていたと安藤さんが証言しています。それに、遺産はすべて奥さんが相続されると正式な遺言にありますよね!」

 

奥さんは、とても安堵した表情を浮かべた。そして、もうすぐ還暦だという娘さんも「そうなの!?それなら安心して博物館へ寄贈できるわ!」と言った。

 

私は娘さんに言った。
「あの、寄贈ではなくて、あの子たちの『お引っ越し』ですよね!?」。

 

皆、その日初めて笑った。

 

 

(了)

この記事を書いた人
松井 宏文
一九六六年、広島県福山市に生まれる。花園大学を卒業後、コピーライター、ディレクターを経て、文筆家。
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