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2019.08.15

【コラム】あの人に、こころ寄せるひとときVol3. ~母親の形見分けに集まった、あるきょうだい達の話~

今回は、母親の形見分けに集まった
三人きょうだいが繰り広げるショートストーリー。
二番目の長男・英一による小説仕立てでお送りします。
誰もが心の奥底にもっている、
お母さんを想う温かな気持ち。
そして、母親が子ども達を想う愛情。
この機会に、そっと思い出してみてください。

Vol.3 人生最後の、贈りもの

 

「こら、英二! またアルバム見て泣いてるの? 四十も過ぎて子どももいるのにいつまでもメソメソしてんじゃないわよ、まったく!」

 

・・・やれやれ、末っ子の英二はまた泣いているのか。変わらないよなあ。困ったものだ。それにしても、せっかく亡くなった母の遺品を整理するために二年ぶりにきょうだい三人が実家に集まったというのに、想い出話もそこそこに、昼飯を食ったらすぐに整理作業だ。しかも、俊子ねえちゃんはすぐに説教だ。これも昔と変わんねえよな・・・って、おっと。ボヤボヤしていると俺まで怒られちまう。ほんと、泣く暇なんてありゃしない。

 

さあさあ、英一も早くしなよ!」
ほら、怒られた。

 

今日は、ひさしぶりに三人だけで集まれて俺は少し嬉しいのだ。そう、家族も引き連れると面倒なので「単品」での集合となったのだ。
俺としては、ビールでも飲みながら昔の家族写真でも広げてのんびりと母親を偲ぶ会なんてものを想像していたのだけれど、やはり仕切り屋の俊子には勝てない。八年前の父親の時もそうだったが、今回も俊子姉ちゃんが形見分け作業のリーダー役を買って出たのだ。もちろん、野心などまったくない。何しろ貴金属などにまったく興味はないし、父親が遺した高価とおぼしき美術作品もすべて、自分には興味がないし面倒だからと言って放棄し、俺と英二にすべてくれたぐらいだ。まあ、その時には結果的には遺品に贋作が多かったから大した額にはならなかったのだけれど。

 

結局、母さんの形見分けそのものは、思っていたよりも早く終わった。おじいちゃんから引き継いだ書道道具は英二が、おばあちゃんから引き継いだ茶碗と着物は姉ちゃんが、そして父さんからの箪笥や年代物の机は俺が引き取ることになった。もちろん、預金や不動産などはすでに遺言書で財産分けを済ませていたから、それらの我々への「形見分け」は小一時間ほどで終わった。もともとさほど裕福な家でもなかったから財産に関する揉めごとなどあり得ないわけだ。まあ、おそらく幸せなことなのだろう。

 

俺は、幼い頃から母親から叱られた記憶がない。いつもの口癖は、「あんたはお兄ちゃんなんだから、男らしくするんだよ」だった。写真が趣味だった父親がたくさん遺してくれた家族アルバムのおかげで、俺たちはこの日、数十年ぶりに若い両親と再会できた。
父親が太い油性マジックで書いた「家族アルバム」の背表紙。そして、写真一枚ずつに手書きで書かれたぶっきらぼうな説明書き。褪色しかかった、しかし家族がひとつ屋根の下に暮らしていた時代の集合写真、あるいはスナップ写真。それらの想い出の断片たちが、俺の頭の中にぐるぐると渦巻いていた。
ふと、後片付けをする俊子姉ちゃんの大きな声で我に返った。

 

「ねえねえ、ちょっと来て!」
 俊子姉ちゃんが、二階から大声で俺ら二人を呼んだ。急いで駆けつけると、なぜか引き出しの開かない和箪笥があるという。
 「よいしょ!」
俺が渾身の力をこめて引っ張ったが、どうしても開かない。それから1時間半、休憩を挟んでドライバーなどを突っ込んでみたのだが、埒があかない。もう、壊すしかないか・・・と思った時に、引き出しの裏側を探っていた英二が叫んだ。「あ!開くかも!」
英二が箪笥の引き出しの横に、小さな木片が刺さっているのを見つけて外したのだ。
俺が冗談めかして「ひょっとして、何かお宝があったりしてな!」と言うと、俊子姉ちゃんは「そんなわけないでしょ!さあさあ、早く中身を出して整理しましょ!」と俺らを急かした。
開けた引き出しの中には、ぽつんと小さな木製の箱があるだけだった。そう、ちょうど硯ぐらいのサイズだ。いや、それは実際に硯の箱だった。蓋をそっと開けてみると、中には封筒が入っていた。宛名のところには「みんなへ」と書かれていた。これは、母親が正式に作った遺言書とは明らかに別のものなのだ。我々三人には、それが一瞬にして理解できた。そして三人ともふいに黙ってしまった。暫く封筒に触ることもできず、文字通り、家中の時が止まった。

 

しかし、暫くして三人同時に「誰が開ける?」と言ったのには笑ってしまった。
結局、長女の俊子姉ちゃんが開けることになった。
封筒には封がされていなかった。中を開けると、一通の手紙が入っていた。そこにはブルーの万年筆でこう書かれていた。

 

俊子、昔からしっかり者で、弟二人の世話を焼いてくれてありがとう。
たまには周りに甘えたり、頼ったりしてもいいのよ。

 

英一、個性バラバラなきょうだいを、いつもまとめてくれていたね。
英二は、昔から泣き虫だけど、人一倍優しい子だったね。
母さんは、あなたたちの母さんで本当に幸せでした。

 

これからも、みんな、仲よく。
助け合って生きてください。 由美子

 

堰を切ったように、俊子姉ちゃんが大声で泣きじゃくり始めた。
「おかあさーん、おかあさーん」
何度もそう言ってしゃくり上げながら、彼女は手紙を強く抱きしめていた。英二も下を向いて大粒の涙を落としていた。

 

俺は、涙も拭わずに大きな声で空に向かって叫んだ。
「母さん、俺らみんな、だいじょうぶだからね!」

この記事を書いた人
松井 宏文
一九六六年、広島県福山市に生まれる。花園大学を卒業後、コピーライター、ディレクターを経て、文筆家。
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