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2019.05.17

【コラム】あの人に、こころ寄せるひとときVol.2 ~とあるゴミ屋敷の話~

おそらく誰の心の中にも棲んでいる、
「執着」という名の魔物。
しかし、いつでもどんな人にでも、
必ず一筋の光が見える時がある――。
今回は、想い出に執着する余り
自宅をゴミ屋敷にしてしまう人、
行政代執行の一歩手前でそれを救う人のお話を
ストーリー仕立てでご紹介いたします。
救われる人と、救う人それぞれの想いを
感じていただければ幸いです。

vol.2 こころも、きれいにする日

突然の救急通報

「ど、どうしました? あの、いま救急車呼びますね!」

 

それは、秋の終わりのある寒い日の夕暮れだった。私が近所でも有名なゴミ屋敷のそばを通りかかったときである。身なりのよくない痩せた老人がお腹を押さえて路面に横たわり、呻き声を上げていたのだ。そばにはカップ酒が転がっており、老人の体からは酒の匂いがした。

 

老人は私を睨みつけると「うるさい!さわるな!あっち行け!」などと叫んだが、それよりも苦しい方が強いようで、またお腹を押さえて冷たい道路の上でのたうちまわり始めた。 私は驚いたが、すぐに救急車を呼んだ。ストレッチャーの上で老人は苦しそうに、しかしはっきりと「飯をやらんと・・・」とばかり口にしていた。救急隊員がいくつか質問をすると、意外な素性が明らかになった。 名前は増田栄吉、年齢は八十五歳、そして住まいはなんとあのゴミ屋敷だったのである。 そして「飯」と言っていたのは、長年飼っている犬に食事を与えることだった。

 

一時的な後見人役として

医師は「食中毒とアル中ですね。とてもわかりやすい」と言った。 ところでご関係は?と聞かれた私は、正直に通りすがりだと答えた。四十代前半とおぼしき聡明そうな医師は、少し迷っていたようだったが、私にこう切り出した。
「ご存じだと思いますが、この方はいわゆるゴミ屋敷に住んでおられてね。ご家族がいないのですわ。それで、もしよければこの方が退院するまでの少しの間だけ、あなたに後見をお願いできませんかね?いや、後見といってももちろん大した手間じゃない。一日一回、犬に食事を与えること、時々お見舞いに来ることぐらいです。まあ、お見舞いは不要ですがね、ワンちゃんには何の罪もないのでね。ご近所のよしみで餌やりだけはお願いできませんかね?本人の希望でもありますし」

 

医師はさらにこう言った。
「ああ、それとあの家のことですがね。この機会にあなたから増田さんに一度お話ししてみていただけませんか? あの方がご近所の方と接する貴重な機会なのでね」

 

私は一瞬迷ったが、引き受けることにした。これも何かの因果というやつに違いない。だいいち、近所の方々だってかなり困っているはずだ。私だって、そりゃそんなものない方がいい。

 

病室に行くと、老人は眠っていた。私はその寝顔を眺めて、改めて途方に暮れた。やれやれ、それにしても何で俺なんだ? 結局そのあと私は老人のゴミ屋敷に寄り、ゴミで埋め尽くされた玄関の横に空腹でぐったりしていた犬に餌を与えた。こんなすさんだ暮らしをしていても、ドッグフードだけは犬小屋の横に箱で置いてあった。そしてこう思った。 まだ救いはあるかもしれない、と。

 

老人へのある「作戦」

老人の家は、大した記事のない時のゴシップ週刊誌の格好の餌食だった。
週刊誌によれば、彼は十数年前にリストラに遭って離婚してからというもの、あのような状態になってしまったのだという。もちろん、事実かどうかはわからない。 二階建ての白い家なのだが、明らかにゴミと思われるビニール袋がうずたかく積まれているため、もはや壁は見えない状態だった。そして夏になると悪臭が漂うせいで、近所からはクレームの嵐が行政に寄せられていた。
行政代執行は時間の問題、とまで書かれていた。実際に、近所に住む私自身も何度か怒号を聞いたことがある。

 

私は考えた。待てよ、この機会に彼が立ち直る可能性だってあるじゃないか。私は老人に思い切ってゴミの処分を依頼してみようと思った。ある「作戦」を携えて。

 

「どうですか、お具合は?」
二日後、私は老人を見舞った。彼はすでに目を覚ましていたが、ベッドの中で一点を見つめて険しい表情をして何かを考えているようだった。そして私に気づくとこう言った。
「おまえは誰だ? なぜここにいる?」
「救急車でご一緒させていただきました、近所に住む者です。ちょっと心配になりましてね。ワンちゃんの世話もありますし」 老人の険しかった顔が、少しだけ緩んだような気がした。
「可愛いですね、私を見ると尻尾を振っちゃって。二日目にもなると、嬉しそうに吠えるんです。何てお名前なんですか?」

 

それには返事はなかったが、私はこの機会に思い切って「作戦」を切り出すことにした。
「あの、差し出がましいかもしれませんが、ちょっと、参考資料を置いておきますね」
「そんなもの、いらんいらん!帰れ!」
「今回の医療にかかる費用と、ご自宅の『財産』の整理にかかる費用です」
老人の反応はなかったが、私は続けた。
「整理費用は、一つは専門業者に依頼する場合で、もう一つは行政代執行を受ける場合の想定費用です。増田さん、行政代執行が何かご存じですよね? 指導なんて生やさしいものじゃないですよ。文字通り行政の力で強制的に執行されるものです。本当に捨てたくないものまで強制的に撤去されますし、かかる費用も全額支払わねばなりません。もちろんお名前と住所も公表されますし、おそらくワンちゃんもどこかへ引き取られることになるでしょうね。つまり、いいことなんて何ひとつありません。まあ、お任せしますが」
老人は私の声を背中で聞いていたが、私が話し終えるとすぐに布団をかぶった。

 

老人からの電話、そして希望

結局、老人への見舞いはその一度だけだったが、犬への餌やりはその後五日ほど続いた。最後の頃には、犬は私を見つけると走り寄って来るほどまでになっていた。しかし六日目の朝、あの医師から老人が家へ戻ったと知らされたため、餌やりは終わってしまった。

 

電話は、それから二週間ほど経った日曜日の夜に鳴った。あの老人からだった。
「増田といいます。掃除の会社の人を呼んでくれんですか」
「え!どういうことですか」
話を聞いてみると、老人は退院するまでの間、あの医師から毎日のように説教されていたのだという。ゴミ屋敷の社会的な問題、費用の問題、そして、今回の一件を通して皆それぞれが社会から助けられつつ生きているのだということ。やはり医師は、私にすべてを押しつけただけではなかったのだ。

 

しかし、老人の心を動かした決定打はやはり、私がしていた犬の餌やりだったという。そんなの全然大したことじゃない。むしろ、私としては犬に餌をやることで心に温もりが得られたぐらいだ。 老人は結局、本当の「後見人」についてもらってあの家をすべて処分し、施設で犬と一緒に暮らすことにしたのだという。

 

家財整理の専門業者によると、ゴミ屋敷となる原因の一つに「家族との思い出を捨てたくない」気持ちがあるらしい。老人も、きっとそんな寂しさを抱えて生きていたのだろう。しかし、そうなったとしてもまだ救いがある。
そう、救いの手は、偶然を装いながらいつも近くにいるのかもしれない。

 

※この物語はフィクションであり、実在の人物、団体とは一切関係ありません。

 

【行政代執行】

自治体などが、行政上の義務を履行しない者に対して行う強制執行の一つ。ゴミの放置により悪臭を及ぼすなど公益に反するゴミ屋敷の場合は、行政側が事前に通知した指定期限までにゴミを撤去しない場合は行政側が強制的にゴミを撤去できる上、その費用の納付も命ずることができる。

この記事を書いた人
松井 宏文
一九六六年、広島県福山市に生まれる。花園大学を卒業後、コピーライター、ディレクターを経て、文筆家。
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