2018.05.11 (2020.03.24 One's Ending編集部 加筆)
賃貸物件で孤独死が発生した場合 原状回復の考え方と相続人の費用負担について
内閣府の情報によると、2000年に約300万人だった65歳以上の独居高齢者は、2015年には約600万人へと倍増しています。
それに伴って社会問題化してきているのが、賃貸住宅に住む方の「孤独死」です。
独居高齢者の方は親、兄弟姉妹がすでに亡くなっていることもあります。その場合、甥や姪といった親族が相続人となり、孤独死された方のお部屋の後片付けを行うこともあります。
万が一、賃貸物件に住む親族が孤独死してしまい、あなたが相続人として退去手続きや原状回復をする立場に立った時は、どのように対処すれば良いのでしょうか?
大家さんやオーナーとのトラブルを回避し、スムーズに後片付けを進めるためにも「どこまで原状回復をすれば良いのか」「誰が費用を負担するのか」「特殊清掃は必要なのか」などの知識を身につけておきましょう。
そこでこの記事では、孤独死の場合の原状回復の考え方と、特殊清掃の必要性、退去時のトラブルを防ぐ方法についてご紹介します。
賃貸物件における原状回復義務とは
原状回復義務とは、簡単に言うと、賃貸人から借りた建物や土地を返すときに、改築したところや、汚したところを元通りに戻してから返すことです。
借りた方が亡くなった時は、その方の相続人もしくは連帯保証人が原状回復義務を負うことになります。
しかし、長年居住していると、クロスの色褪せや床の黒ずみなどは経年変化します。何もかもを完全に借りた時の状態にするというのは、不可能に近いでしょう。では、どこまで復旧すればいいのでしょうか。
原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(国土交通省)
まずは、原状回復しなければならない範囲を見てみましょう。
通常の使用では生ずることのない建物の損傷は修繕しなくてはいけません。
また、建物に賃貸人(貸す人)が付属させたものは収去しなくてはなりません。
賃借人(借りる人)の故意(わざと)・過失(うっかりミス)による毀損も原状回復義務の範囲内です。
では、原状回復をしなくても良い例から見てみましょう。 (上図の「A」にあたるもの)
・日光・電球による日焼けで生じるクロスの色褪せや、通常の生活で起こる範囲の畳のすり減りなど、通常の使用によって生じる経年変化・通常損耗。
・エアコンなどの備え付けの設備が、通常の使用をしていたにもかかわらず故障した場合の修理費。
次に、原状回復義務が発生する例です。
・ベランダに湯船等を置いて壁を作り、風呂を作ったなどの場合や、その工作物の撤去。また、湯船を作った結果、湿気で部屋の壁にカビが発生したなどの損傷。(上図の、「B」にあたる)
・部屋に可動式トレーニングマシンを持ち込み、毎日使用して床が大きくすり減ったなど、通常の使用では考えられない程度の床や扉の損耗。 (上図の、「B」にあたる)
・経年変化によりエアコンが故障した場合でも、故障して室内に雫が滴っていることを把握しているにもかかわらず、それを放置して床が腐った場合。( 上図の「A(+B)」にあたる)
賃貸物件のアパートやマンションに設備を付属させたからといって、必ずしも原状回復義務を負うとは限りません。
付属させても建物の価値が減少せず、反対に上がった場合などは、賃貸人に対してそれを買い取ってもらう権利が発生することもあります。
国土交通省では、民間の賃貸住宅における退去時の原状回復をめぐるトラブルを防止するため、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を定めています。
難しいケースの時は、このガイドラインを参考にするのが良いでしょう。
参考:国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」
賃貸物件の原状回復費用は敷金で相殺できる?
敷金とは、賃貸物件を借りる人が入居時に預けるお金のことです。
敷金は、家賃滞納や住まいの修繕費、退去時の原状回復費用に充てることを目的として入居者から預かっています。
そのため、入居中に自分で部屋を汚したり意図的に傷つけたりするような過失がないなどの条件を満たせば、退去時に敷金は返還される仕組みです。
仮に原状回復費用がかかったとしても、その金額が敷金を下回れば余剰金が返還され、実費負担なしで退去できる可能性が高いでしょう。
しかし、中には「ハウスクリーニング代は敷金から支払う」といった特約が契約書に条件が記載されていることもあるため、注意が必要です。
なお、敷金は賃料の1~3ヶ月程度の金額が必要となることが多いですが、中には敷金0円の物件もあるなど、相場ははっきりと決まっていません。
入居時に敷金を支払っておらず、借りた人の過失によって損傷や破損、汚れがあれば、原状回復にかかった費用を入居者側が負担する義務が生じます。
【孤独死の場合】原状回復の考え方は?
入居者が孤独死され、発見が遅れてしまった場合は、血液などの体液、腐敗臭の染みつきで部屋の中が汚染されていることもあります。
そのような汚染消し、消臭をして、部屋の中の家財道具や被害があった設備等をすべて撤去すれば原状回復をしたとみなされるのが一般的です。
なお、孤独死された方の部屋を原状回復する際は、主に以下のような作業を行います。
発見されるまでの時間、亡くなった季節、住居内のどこで亡くなったかなどよって必要な原状回復作業は異なるため、まずは現場を確認して、大家さんや管理人と話し合ってから作業を始めるのが良いでしょう。
〈賃貸物件で孤独死が発生した時に必要となる原状回復作業(一例)〉
・遺品整理
・特殊清掃
・ハウスクリーニング
・リフォーム
次の項目では、孤独死が発生した際に特殊清掃が必要かどうか、その他の作業が必要なケースについて解説します。
孤独死の原状回復では特殊清掃が必要?
「特殊清掃」とは、孤独死や事件、事故、自殺、病気などにより入居者が室内で亡くなり、何らかの事情があって遺体の発見が遅れてしまった現場の痕跡を取り除く作業のことをいいます。
もし、孤独死された方が死後何日も経過してから発見され、遺体の腐敗や部屋の汚染が進んでいた時や、異臭や害虫が発生していた時は、プロによる特殊清掃が必要になるかもしれません。
しかし、亡くなった直後や当日に発見された場合は、お部屋にほとんどダメージがなく、特殊清掃をしなくて良い可能性もあります。
遺品整理の必要性は?
孤独死の場合、部屋の中に家財道具がそのまま残っていることがほとんどです。
原状回復では部屋を入居時の状態に戻す必要があるため、家財を片付けないといけません。
そのため、特殊清掃を行うかどうかにかかわらず、家財道具の整理や不用品処分、形見分け、お焚き上げといった「遺品整理」は必要になると考えておいた方が良いでしょう。
孤独死の時のハウスクリーニング・リフォームは?
特殊清掃は不要だったものの、部屋の中に臭いが残っているという場合は、ハウスクリーニングを依頼することもあります。
ハウスクリーニングは、遺体の痕跡を取り除くというよりはお部屋の掃除に近い作業となるため、特殊清掃サービスとは別物だと考えておきましょう。
また、孤独死が原因で汚れや臭いなどがある時は、原状回復のために、クロスの貼り替えや畳の入れ替え、設備の交換といったリフォームが必要となる可能性もあります。
なお、冒頭でも解説した通り、経年変化による消耗や、通常の使用による設備の故障については原状回復の義務を負いません。
【孤独死の場合】原状回復の費用は誰が負担する?
孤独死に関わらず、賃貸借契約においては、経年変化や通常損耗の範囲の費用は賃貸人に負担義務が発生します。
しかし、これまで述べたような、故意・過失・善管注意義務違反による毀損があれば、貸借人が原状回復にかかる修繕費用を負担しないといけない可能性もあります。
万が一、賃貸借契約を結んでいた本人(借りた人)が孤独死してしまった時は、連帯保証人や本人の相続人に住まいの原状回復義務が発生します。
次に「誰が原状回復費用を支払うのか」を、4つのケースに分けて考えてみましょう。
ケース①相続人が原状回復費用を負担
民法では「相続人は、相続を開始した時から、被相続人(死亡した人)の財産に関する一切の権利義務を引き継ぐ」と定義されています。
つまり、住まいを借りていた人が亡くなると、その方の相続人が貸借人としての地位を継承し、原状回復にかかる修繕費用を負担しないといけません。
もし、亡くなった方に現金や預貯金等の財産があれば、そこから原状回復費用を支払うことも可能です。
しかし、費用負担額が予想以上に高く、遺産の総額を大幅に超える時は、相続人は相続放棄を選択することもできます。
相続放棄とは、亡くなった方の財産の相続権をすべて放棄することです。
「財産」という言葉には、預貯金や不動産等のプラスの財産だけでなく、ローンや借金といったマイナスの財産も含まれています。
財産放棄をすると、相続人は住まいを借りていた人の負債を負担する義務がなくなるため、原状回復費用を支払う必要はありません。
ケース②連帯保証人が原状回復費用を負担
入居者が孤独死した場合、賃貸人は連帯保証人に原状回復費用を請求することも可能です。
たとえば、入居者をAさん、入居者の子どもをBさん、連帯保証人はAさんの友人であるCさんだったとしましょう。
このケースでは、入居者のAさんが亡くなると、子どもであるBさんが相続人となり、連帯保証人のCさんと連帯して賃料や原状回復費用を負担する義務が発生します。
そうなると、連帯保証人のCさんは、いったんは費用を負担しないといけません。
ただし、連帯保証人には「求償権」があるため後で相続人に費用を請求できます。
求償権とは、本来支払うべき債務者の代わりに保証人が費用を負担した場合に、そのお金を債務者や相続人に請求できる権利のことです。
ケース③相続人が相続放棄した場合
ケース②の状態で相続人のBさんが相続放棄をすると、原状回復費用の負担義務は連帯保証人のCさんのみに残ります。
これまでだと、金額の制限なく連帯保証人が費用を負担することになっていましたが、2020年の法改正により、限度額に関するルールが変更されました。
※連帯保証人制度の見直しについて
2020年4月の法改正により、承諾書に連帯保証人への保証限度額を記載することが義務付けられました。
そのため、修繕費用が高額になってしまったとしても、契約時に決めた補償限度額を超えた部分については、連帯保証人は費用を負担する義務を負いません。
ただし、2020年4月以前に保証人になった方については、この制度が適用されないケースもありますので注意しましょう。
制度の詳細は、国土交通省の(参考:「金法改正に伴う連帯舗保証人制度の見直しについて」)に記載されています。
ケース④相続人=連帯保証人の場合
入居時に家族や親族が連帯保証人になっていて、相続人と連帯保証人が同一人物の場合もあるでしょう。
ケース①でもご説明したように、もし住まいを借りていた人が亡くなっても、相続放棄をすれば、相続人は費用を負担する必要はありません。
しかし、連帯保証人としての義務までは放棄できません。
つまり、相続人=連帯保証人であれば、相続放棄をしたとしても、原状回復費用を負担する義務が発生するのです。
【孤独死の場合】賃貸人から損害賠償請求をされることはある?
入居者が孤独死してしまった場合、大家さんや不動産会社から損害賠償請求をされてしまう可能性はあるのでしょうか?
以下の裁判例では、自然死とあると判断されたため、入居者側への損害賠償を認めていません。
事案 | 平成19年3月9日東京地裁。賃借人の従業員が建物内で脳溢血により死亡し、死亡4日後に発見された。賃貸人は建物の価値下落の損害を被ったとして、賃借人に対して587万円余の損害賠償等を請求した。 |
裁判所の判示(一部抜粋) | 借家であっても人間の生活の本拠である以上、老衰や病気等による自然死は、当然に予想されるところであり、借家での自然死を理由に賃借人に債務不履行責任や不法行為責任を問うことはできない。そして、死亡4日後の発見が賃借人の債務不履行等であるとは認められないことから、賃貸人の請求を棄却する。 |
解説 | この裁判では、生活の本拠として家屋を貸している以上、自然死は予想されることであり、責任を問うことはできないとして、賃貸人の損害賠償を棄却しています。 |
ただし、自殺の場合は、社会通念上、心理的に嫌悪される事由(心理的瑕疵)にあたるということで、判例が変わってきます。
事案 | 賃借人が室内で自殺。相続人と連帯保証人は、当室及び周辺の部屋の逸失利益分を支払うよう賃貸人が提訴。 |
裁判所の判示(一部抜粋) | 賃借人が賃貸目的物内で自殺しないようにすることも善管注意義務の対象に含まれるべきである。連帯保証人は、本件保証契約に基づき、賃借人が自殺したことと相当因果関係にある賃貸人の損害について、相続人と連帯して賠償する責任がある。 |
解説 | 相続人と連帯保証人は、賃借人が自殺しないように管理する義務があるということです。請求額は600万円を超えていましたが、実際の保証額は130万円程度になりました。 |
参考:国民生活センター http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201501_14.pdf
以上の2つの判例のみ見れば、自然死なら賠償義務はありませんが、自殺なら賠償義務があると考えられます。
しかし、自然死だからといって、すべてのケースで損害賠償請求をされないとは限りません。
亡くなる以前の状況等によっても考え方は変わってきます。
これらの判例は一応の目安として、参考程度に覚えておくと良いでしょう。
【孤独死の場合】原状回復費用を敷金で支払うことはできる?
結論から言うと、孤独死であっても敷金を原状回復費用に充てることは可能です。
しかし、発見されるまでに日数が経過していて、物件に臭いや体液・血液の漏出などの影響があれば、通常よりも原状回復費用が高額になることが予想されます。
そうなると、預けていた敷金を差し引いても修繕費が足りず、相続人や連帯保証人の費用負担が発生することも少なくありません。
原状回復のトラブルを防ぐためには
賃貸人と賃借人でのトラブルを防ぐために、国土交通省の”原状回復をめぐるトラブルとガイドライン”にはしっかりと目を通しておくことをおすすめします。
ガイドラインを読んでおくのが一番良いですが、少なくとも、賃貸契約書にはきちんと目を通し、日頃から退去時のことを考えて生活する必要があります。
入居時は、トイレや浴室の小窓など、日常的に開閉しない場所を含めた全ての窓、扉が正常に開閉するか、クロスに汚れや破れはないか、すでに損傷している設備はないかなどを調べ、もし損傷部分があれば写真に残して管理者に報告しておくことが大切です。
孤独死対策を行うことも大切
賃貸物件で孤独死が発生してしまい、発見が遅れると、特殊清掃やリフォームが必要となるなど、原状回復がより大変になってしまいます。
修繕費用がかさめば、賃貸人とのトラブルに発展してしまう可能性もあるでしょう。
そのため、一人でお住まいの家族や親戚がいる場合は、定期的に連絡を取って変わった様子がないか確認し、孤独死を未然に防ぐことが大切です。
最近では、民生委員による見回りや、家電の利用状況で安否を確認できる見守りサービスなども増えてきています。
こういった情報を本人に伝えたり、家族間で共有したりして、孤独死対策を行っていきましょう。
ワンズエンディングのこちらのコラムでは、増え続ける孤独死の原因や対策のほか、家族ができることについてもわかりやすく解説しています。
【関連記事】孤独死とは-原因と対策 防止するためにできること-
まとめ
少子化が進み、結婚しない方が増えている昨今。
孤独死のリスクは高まりつつあります。特に、中高年男性の一人暮らしは孤独死リスクが高いといわれています。
賃貸物件の連帯保証人になっている方や、ご家族や親族内に一人暮らしの方がいて、孤独死のリスクがある場合は、いざというときのことを考えておいた方が良いでしょう。
孤独死の場合は、原状回復に特殊清掃が必要なこともあれば、遺品整理やハウスクリーニングだけで済むケースもあるなど、状況によって相続人や連帯保証人が求められる対応は変わってきます。
身内の方が孤独死をしたと聞くと動揺してしまうとは思いますが、まずはお部屋の状態を大家さんや不動産会社、警察に確認して、落ち着いて対応することが大切です。
そして、どのように退去準備を進めていくべきかを賃貸人としっかり話し合ってから作業を始めると、原状回復をめぐるトラブルを防ぎやすくなるでしょう。
孤独死された方がすぐに発見され、お部屋へのダメージが少ない場合は「自分ですべて片付けよう」と考える方もいるかもしれません。
しかし、賃貸物件での孤独死は、葬儀が終わっても、原状回復作業や家財の整理、お部屋の清掃など、やるべきことが山積みです。
退去までに月をまたぐと、さらに賃料がかかってしまい、かえって費用がかさんでしまうこともあります。
そういった時は、整理会社に依頼して、作業を代行してもらうのもひとつの手です。
万が一身内が賃貸物件で孤独死し、遺品整理が必要になった時は「プロの整理会社に依頼する」という方法も覚えておくと役立つのではないでしょうか。
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